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05月
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頭の中ではかっこいいはずなのに
描いてみたらキモくしかならんかった…力不足。

以下は、元会社の方に会ったり大学での授業をしていて
個性とかその人らしさというものについて、考えたことです。




先週のことになりますが、元いた会社の先輩方にお呼ばれしました。

私は、今でこそ立場は違って
フリーになって視点が変わった部分もありますが
会社でちょっとは身に着けさせてもらった
クリエイトする上で大事にしたいポイントというのは
根本的にあんまり変わっていないので
元いた会社の人たちと話をしていると、とても落ち着きます。

大学で、他のフリーランスの先生方に混じって
生徒に自分の技術や考え方を教える、という立場になって感じるのは
特定の会社の中や、なにかのプロジェクトでクライアントと仕事をするのは
自分の自由や個性を奪われることである、と
思い込んでいる生徒さんが多い、ということです。

確かに、自分の好きな絵を好きなときに
発表したり売ったりするのとは違います。
しかし、だからといってクライアントやリーダー、上司の言いなりだけになって
個性を発揮する機会が無いかというと、全くもってそんなことはありません。

会社やプロジェクトの上司は、要望や注文を出しますが
それを実際に形にするのはその人たちではなく、
個々の解釈や理解に任されています。
他人の正解に頼りきって(もしくは合わせきろうとばかりして)
考えることをせず、自分で正解を導き出せない人間は
(よっぽどワンマンなプロジェクトで働いていない限り)
会社やプロジェクトで成果を挙げることは出来ません。

チームによっては、タッチや世界観のテンプレートが
決まっている場合も多くあります。
しかし、タッチや世界観という表層部分ではなく
それを踏まえて中に個々の解釈を織り込む、ということでも
個性というものは現れます。

例えば、宮崎駿監督の作品が個性的なのは
監督の考え方や物の見方、解釈に監督固有のものがあるからであり
表現に使われるタッチや技法は
伝統的なアニメーション制作のそれに基づいたものです。

個性はなにも、一見奇をてらったり
他の人がやっていないことをやったときにのみ現れるものではなく
伝統的だったり、既に引き継がれて親しまれている方法の上であっても
作り手の考えが乗っかれば、必然的に発生するものでもあります。

要は、個性という単語は実に曖昧な認識のまま使われているけれど
その定義は様々ということです。

私は、会社というブランドイメージの中にいても
伝統と一緒に自分の意見や主張も同居させて
人に伝わる仕事をしている先輩方を、心から尊敬しています。

そして、そういったことを自分も大事にしていきます。
がんばろー。
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